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5/29 河内国平親方のトークショウヘ

5月29日
銀座で行われている“おとな塾”という企画ですが、今回の催しは刀鍛冶の河内国平親方でした。期間中は著名な方との対談やら親方の講演などが5~6日続きます。もちろん刀の展示もありました。アクリルのケースに収められた刀には鍵がかけられ、多様な種類が展示されています。昔の再現刀、刀の大小と短刀その刃文も多種多彩、実に内容的に充実していて楽しいものでした。中でも入り口に飾られた大きな刀は多くの人達の目を釘付けにしており、『これほどの重い刀をどうやって作るのか』という声が聞こえました。最も小さな刀は優雅な刀子(とうす)ですが、興味を持って見入る女性の方に、心得のある人が説明しています。国平親方は刀匠のランクとして言えば最高峰の一人であり、今や重鎮の一人と言えます。

まず私は親方とお会いして職人の現状を簡単に話しました。そこで世襲の話になり、確かに血というものはあるが、必ずしも素晴らしい職人になると言うことではない。本物にならなくては結局は駄目だと思う、といった話、あるいは、今の社会状況に於ける人々のものの考え方や浅薄な発露と、職人の文化に対する低い意識というものに、かけ離れた要因はなく根源は同じなのではないか言う話などもありました。立ち話とは言え中々の内容でした。

親方は当然忙しく、訪ねてくる客も多いので邪魔になってはと考え会場を後にしました。講演や対談などを行う時に、親方の刀職人としての“哲学的な姿勢と技量を兼ね備えたバランス”は、本来の“研鑚と言う姿勢”を象徴するものでした。その意味で職人の中では抜きん出た存在です。これからも国平刀匠の出番は多いと思います。

コメント

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次回更新の画像の一部です

どんなのありますか?
どうも、担当Yです。

むさしや在庫の次回分の更新について、どの種類の櫛がありますか?
この質問を多く頂いておりますので、とりあえず画像の一部を掲載いたします。



男櫛 アイハ と 角丸利久 オオアラ です。
この男櫛は当会ではお取り扱いしたことは恐らくありません。

さて、更新は以前のページは使わないと思いますし、更新情報もこれまでとは違う方法を採用しようかと考えています。


武蔵屋の木材の行方

おひさしぶりでございますの担当Yです。

本当は別の記事を書いていたのですが、どうしたら良いのか悩んでます。
それはともかく。

武蔵屋の長い歴史と共に蓄えられた膨大な木材はどこへ行ったか気になりませんか?
50年は余裕で乾燥させたと言われた柘植の木材の宝の山です。
極々少数は当会のトップページのタイトルの裏などに使われています。

でも、それ以外はどこへ?

元々、武蔵屋は全国の柘植櫛の組合の頭をしておりました。
屋号を持つ歴史ある柘植櫛の店舗は何らかの形で関わっていたとされる大所帯だったそうです。
既に無い組合ではありますが繋がりは細く残っています。

膨大な財宝の行方は細い繋がりを経由し、恐らく皆さんご存知の複数の店舗に櫛の材料として引き取られました。
武蔵屋に限らず、時代と共に廃業をした櫛屋の材木は同業者が引き取るのは珍しくはなかったそうです。

どこの店かなんて野暮な事は書きませんしお伝えもしません。
お手元の櫛は印こそ違っても武蔵屋の歴史と共にあった材かも知れませんね。

さて、冒頭の思わせぶりな話になりますが、ついに武蔵屋の通常在庫の単品販売が近日の次回で完全終了です。(まとまった数として?)

武蔵屋の在庫としては珍しい横櫛の何かが出ます。
販売した記憶がないので最初で最後でしょうか?

どの櫛? 何日頃? 何時?
来週ぐらいには準備が整うと思いますが、問い合わせされても未定です。
そうそう、早朝や深夜に出すとは限りませんよ?
これが次回の告知です。

問題はその次なのです。(続く



武蔵屋の最後のつげ櫛のご案内

今回の名工会ブログ担当は、代わってUが担当させて頂きます。
30年続いた平成も終わりが近づいてきました。先月の20日は皇后の美智子様のお誕生日でした。ニュースではご成婚のパレードや式典の様子がたくさん流れました。ご成婚時にお垂髪(おすべらかし)に飾られた櫛を作成した故富田さんの、恐らく最後となるつげ櫛を掲載致します。数は少数ではありますが、一定数の江戸の武蔵やの櫛が世に出る機会は今後はそれ程ないと思います。
櫛のページへの掲載は5日の夜を予定しています。